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2008.02/29(Fri)

3月のライオン 1  

3月のライオン 1 (1) (ジェッツコミックス) 3月のライオン 1 (1) (ジェッツコミックス)
羽海野 チカ (2008/02/22)
白泉社
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ハチミツとクローバーの作者、羽海野チカ最新作。ちなみに、余はハチクロは読んだことがない。

零という、幼い頃に家族を亡くして、将棋の家に引き取られた、若干17歳の五段でプロ棋士の話し。近所にはかわいい三姉妹が住んでいて、居候のような形で入り浸る。月給も平均公務員よりも高い。この世知辛い世の中で、なかなかハッピーな暮らしをしている主人公。

主人公は謙虚で思い遣りもあって、優しい人なんだが、おそらく、今後不幸や難題、凋落が待ち構えていることでしょう。だって、人の幸福ばかりを見ていて喜ぶ読者はいないでしょう。もっと言えば、人の幸せを無条件で喜ぶ人間なんていないでしょう。いても、偽善者と呼ばれることでしょう……。

余のように捻くれた人間が読んでもちょっと癒される。ほのぼのとした内容と絵。とくに、絵は好きだな。最近の漫画は冷たい絵が多いからなおさらだ。

ちなみに、タイトルの意味、ネットで簡単に調べたら、三姉妹が住んでいるのが三月町だからとか、タイトル戦が獅子王戦だとかと。よくわからん。

オススメ度: レベル3
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テーマ : 感想 - ジャンル : アニメ・コミック

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2008.02/26(Tue)

現代社会の理論―情報化・消費化社会の現在と未来 

現代社会の理論―情報化・消費化社会の現在と未来 (岩波新書) 現代社会の理論―情報化・消費化社会の現在と未来 (岩波新書)
見田 宗介 (1996/10)
岩波書店
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1996年に書かれたもの。まったく色褪せない。余が先日買ったものは24刷、2006年発行である。

構成も秀逸である。情報・消費・環境・資源・貧困を巧みに関連づけ、循環するように語る。上に挙げた五つの事柄は、一見するとバラバラの現象であるが、現代社会視点から論じると、一つの現象でしかないのである。これらの問題がまとまって、現代社会という現象が起きているといっても良いかもしれない。

我々は近代を乗り切れたわけではないが、ポスト近代という思想を打ち立てた。ポストモダンとは、言ってしまえば、アンチモダンである。近代が是としたことを否とする思想である。本書にもポストモダン的視点は多々出てくる。冒頭の言葉はこうだ。

現代社会は、近代社会一般とは区別されるような、新しい時代を展開する。

近代社会とは、思想面では個人の解放、自由、平等、など。物理面では、自然を征服し、人々の暮らしを豊かたらしめ、資本化、合理化、などを推進するものとされる。しかし、現代社会は、もはやそれだけでは回らなくなってきたというところに注目する。

では現代社会の特徴とは何だろうか。
本来消費とは、必要によってもたらされるものである。だが、生産が必要を追い越せば、必要だけではものは売れない。必要以上のものを買わすには何をすればいいのか? 情報である。広告、宣伝という情報を流し、必要でなくとも、必要であると人々に錯覚させることが肝要となる。商品に魅力を与え、消費を欲望するようにし向けなくてはならなくなる。これが、悪いと言っているわけではないのだ。大衆が消費し、欲望を満たすことは、資本、生産側の欲求を満たす。大衆が資本の再生産過程の一環に組み込まれているからといって、不幸というわけではない。もし幸福ならばそれでも全然構わない。蜜蜂が花の蜜に誘われて、レンゲやナタネの生命再生産過程の一環に組み込まれているからといって、不幸なわけではない。ただ、我々の資本再生産過程は、蜜蜂と花のようにサステイナブルなものなのであろうか? また、花の蜜を運ぶ蜜蜂ほど、幸福なものなのであろうか?

話は環境に移る。環境と経済なんて関係あるのか? 例として、マメコガネムシをあげる。マメコガネムシは作物に被害をもたらす害虫として、徹底的に農薬が散布され殺された。しかし、死んだのは虫だけではなかった。リスや鳥も死んでしまった。鳥は虫の最大の天敵だったにもかかわらず。で、ここからが重要。引用する。

「害虫を防御するという一つの必要のための方法が、自然の鳥たちの手から離れて、商品経済のシステムの中に引き入れられる。つまり、ここでもまた一つの巨大な『マーケットが開拓される。』これは〈根元的独占〉という名で、イヴァン・イリイチが呼んだメカニズムである。伝統的な意味の『独占』は、一つの企業が、(あるいはごく少しの企業が、)市場から他の企業を排除することをとおして、企業の競争の自由を否定する。〈根元的独占〉は、商品システムというものが、必要を充足するための他の方法を排除してしまうことをとおして、生活の仕方を選択する自由を否定する」

天敵である鳥がいなくなってしまえば、農家は嫌でも農薬を買わねばならないのだ。このような例は他にいくらでも起こっている。例えば、薬が年々効かなくなる我々の体も、このシステムに組み込まれている。自然治癒が出来なくなり、薬に頼らざるを得ない。薬はさらなる薬を呼ぶ。資本主義のシステムもそうだ。回したくなくても、回さねばならぬシステムが出来上がってしまっている。これを念頭において、次の貧困に移って欲しい。

「貧困は金銭を持たないことにあるのではない。金銭を必要とする生活の形式の中で、金銭を持たないことにある」と著者は言う。これはどういう意味か。

我々は「世界には一日に1ドル以下の所得しかない人が12億人いる」とある種の憐憫の情を持って語ることがある。そして、善意でこれを救わねばならないと考える。このことがすでに、資本主義の詭計に陥ってしまっているとは知らずに。

著者は中国南部の少数民族、ヤオ族の例を出す。ヤオ族は百歳を越えても元気な人が多いことで知られている。長寿の秘訣は「悩みがないこと」。温暖な気候と汚染のない空気。食べ物が自然で低脂肪・高栄養価。畑仕事で体が鍛えられて飲酒、喫煙率が少ない。悩みがなくて百歳くらいまで元気というのは、幸福と考えて良いだろう。彼らの年収は四千八百円。一日0.13ドル。

アメリカインディアンもそう。アフリカの土人もそうである。彼らの土地を開拓し、工場を建てて、一日に1ドル以上消費させようとした瞬間に、彼らは多くの幸福の次元を失ってしまう。だが、資本主義は「1ドル以下の不幸な人間を救うため」という虚言を弄し、善良な先進国の民を騙し荷担させ、非資本主義のなか暮らしている住民から摂取を行う。

ドミニカの耕地をサトウキビ畑に変えてしまった。確かに原住民には1ドル以上の給与を支払ったとしても、そこで、彼らは自由な耕作が出来なくなった。このままではまずいと、原住民達が契約を破棄して、自分たちの作物を作ったら、軍隊がやってきて作物を全部ぬいてしまった。つまり彼らは、サトウキビ畑で働き、そこで得た貨幣を使って食料を買う以外に、食料を調達する手段を失った。貨幣を稼ぎ、貨幣を使用してしか生活が出来なくなってしまったのである。著者は言う。「彼らが以前より、貧しい食物しか手に入れることが出来なくなっても、彼らは統計上所得を向上させたことになる。一日1ドル以上という貧困のラインから救い上げられた人口の統計に入るかも知れない」

日本も一歩間違えれば、ドミニカのようになっていたかも知れない。豊かさと引き替えに、過去幸福とされていたものの多くを失ったのは事実である。日本は幸い資本主義的豊かさを失わずに済んだからよかったようなものである。資本主義的豊かさと、その他の次元の幸福を両立することは可能なのであろうか。他国から資源の摂取という形をつかえば、可能かも知れない。その他の形では?

本書は最後の、情報化/消費社会の転回で締めくくる。この章は非常に哲学的である。簡単に言うと、魂の充足を求めるのである。生産、消費という分かりやすい幸福を追求する限り、資源の問題や、他社会からの摂取は必然とならざるを得ない。しかし、魂の充足のための、例えば、美しい絵画や、詩などは、資源の消費量に比例せず、人々に感銘を与える。

しかし、余はこれはかなり難しいと考える。不可能だと思う。金銭や所有物の多寡は他者と比較して得られる幸福であり、芸術的感動は、内面幸福だからである。同じ幸福と一言で言っても、比較幸福と、内面幸福は別物ではなかろうか。例えば、いくら金を持っていても、友達が一人もいない、とか言うのはあまり幸福とはいえない。内面的に充足していないからである。友達がたくさんいても、その友が皆金持ちになってしまった場合、なお友でいつづけることが可能であろうか? 比較幸福の原理である。友人関係に、似通った地位のものが多いのは、比較して安心を得るためである。資本主義が世の中を不幸にしているのは、人々の財貨の多寡を加速させたからだ。平等という前提のもとの格差が、相対的剥奪感を産んでいるのである。

そう考えると、身分制を作った過去の人類はなかなか頭が良かった。同じ身分であるということが前提であれば、相対的剥奪感は減少するからだ。大君が非課税で代々東京の一等地におはしますことを誰が批難しよう。我々はむしろ喜びすら感じる。しかし、隣のリーマンの家が自分ちより少しでも立派だと面白くない。人類は身分制を破壊してしまった。ならば、全員が同じような地位を得られるようにしなければ、不幸だけが残ってしまう。

あわせてご覧くだせう。
排除型社会―後期近代における犯罪・雇用・差異

プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神

オススメ度: レベル5
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テーマ : それでいいのか日本国民 - ジャンル : 政治・経済

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2008.02/24(Sun)

ミミズクと夜の王 

ミミズクと夜の王 (電撃文庫 こ 10-1) ミミズクと夜の王 (電撃文庫 こ 10-1)
紅玉 いづき (2007/02)
メディアワークス
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第13回電撃小説大賞「大賞」受賞作品。
正直、個人的にはあまり好きではない小説であるが、この作品に大賞を与えた電撃の姿勢は評価できる。というのも、最近の大賞作品はどれも下らないからである。トリックとか、複線の回収などが評価されて、物語としての本質の部分が疎かになってしまっている。ミステリーならミステリーでも良いが、300ページも読まされて、ただ犯人が判明するだけだと、徒労感を覚えざるを得ない。

本作品は、自我の希薄な少女が、感受性を獲得するという話し。はっきり言って前半はかなり好きだ。森の中でうだうだやって、フクロウや魔物との幻想的な会話、少女が感性を働かせようとする姿。

後半はフクロウの救出劇。しかも、最後は無理のある大団円。フクロウはバカか? といいたくなる数々。論じるに及ばない。

新人賞には珍しい神様視点。あと、ラノベのくせに挿絵がないから、電車の中でも遠慮なく読める。しかし、挿絵も楽しみの一つなんだがなぁ。

表紙の絵は秀逸。本当に美しい。ラノベのイラストというと、漫画チックな女の子と相場は決まっている。普段、ネットをやっていると、だいたい見るのはそんな絵ばかり。この表紙は違う。絵画である。芸術の力である。絵師のHPを発見したのではっとく。
http://www9.ocn.ne.jp/~hiroo/

ちなみに、フクロウも作中で絵を嗜む。ひょっとすると、それを再現しているのやも知れぬ。森の中で絵を描くフクロウのシーンとかは好きだ。

オススメ度: レベル3
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テーマ : ライトノベル - ジャンル : 本・雑誌

【編集】 |  10:58 |  ライトノベル  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
2008.02/20(Wed)

エイジ 

エイジ (新潮文庫) エイジ (新潮文庫)
重松 清 (2004/06)
新潮社
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山本周五郎賞受賞作品。

エイジという中学二年生が主人公。ある日、エイジのクラスメイトが連続通り魔として逮捕される。エイジは最初こそ驚愕するが、だんだん、あり得ない話ではないな、と思えてくる。そのうち、自分もいつか彼と同じような凶行に及ぶのではないかと恐怖し始める。

エイジの友人達も、それぞれの思いを持っている。とにかく、文庫本で448ページもあれこれ述懐するのである。なるほど、そういう角度から彼の心理に光を当てると、そういう解釈も成り立つな、などと、感心して読んでいると、ある一言で現実に引き戻される。エイジが一学年下の女と付き合って、
「半年ちょっと前までは小学生だったんだ。おれたちだって一年半前は小学生だったんだ」
これは大人の台詞だと思う。リアル中学生の台詞ではない。リアル中学生は、当然の事実として、気付く気付かぬより以前に、注目しない部分である。いや、注目できないと言った方が良いかもしれない。

ラストが綺麗にまとまっているのが気に食わない。ネタバレになるから言わないが、とってつけたような大団円で、今まで悩んでいたのは何だったの? と聞きたくなる。疾走に比べて弱すぎる。文学のインパクトを放棄している。これでは、単なる作り話である。余のように捻くれた大団円が嫌いな人間には合わない。

流星ワゴンよりはまし。疾走よりは格段落ちる。

オススメ度: レベル3.5
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テーマ : 書評 - ジャンル : 本・雑誌

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2008.02/16(Sat)

一億三千万人のための小説教室 

一億三千万人のための小説教室 (岩波新書 新赤版 (786)) 一億三千万人のための小説教室 (岩波新書 新赤版 (786))
高橋 源一郎 (2002/06)
岩波書店
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高橋源一郎がNHKのようこそ先輩という番組で小学生を相手にやった授業の焼き直し。小説とはなにか、という漠然とした議論からはじまる。

小説を捕まえるとか、小説と遊ぶ、とか、どれもこれも抽象論で、曖昧で漠然としている。一言で言うと、「書評が書きにくい」

読み終わって、狐に摘まれたような気分。あくまで、小説教室。小説の書き方などは載っていない。ましてや、新人賞の取り方などは鱗片もない。それを期待して読む余のように動機の不純な人間は、期待を大きく裏切られることとなる。

オススメ度: レベル2
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テーマ : ブックレビュー - ジャンル : 本・雑誌

【編集】 |  15:33 |  小説 文章 作法  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
2008.02/14(Thu)

岩国 無念 

岩国市の市長選挙の結果を今日知った。がっかりした。国の圧力に民意が屈したからだ。岩国市は一度、住民投票で国の基地移転計画をはね除けた。それが、補助金を凍結されるや、一転して国に屈してしまった。

余は基本的に民主主義が嫌いである。民主主義は時が経つにつれて衆愚政治になる。衆愚政治は正義や信念よりも金を重んじる。金を重んじれば、一時は金が入り、贅をなすとも、遠からず必ず滅びる。人心は荒み、正道に戻ることが難しくなる。

確かに、背に腹は代えられぬかも知れぬ。なればこそ、国の圧力を打ち払い、意を通した岩国市民と市長に敬意を表したのだ。それが、補助金を理由に国の圧力に屈してしまった。二重の意味でよろしくない。まず屈したのがよろしくない。次ぎに、屈することによって、他の自治体も屈してしまう。岩国が持ちこたえ、他の自治体も屈せず持ちこたえれば、国も横暴を続けることは出来なかったはずだ。地方は所詮小さくて弱い。団結せねば国に対抗できぬ。地方自治をいうならば、いかに権力を国から奪取するかである。権力を移譲されるまで、口を開けて馬鹿みたいに待っているだけでは駄目だ。

日本政府は悪である。民主主義を標榜しておきながら、民意で決した事項に対し、補助金を凍結して追い込むなどは、心ある者のすることではない。クローズアップ現代を見ていたら、次々と自治体が国に屈しているらしい。個人が金に屈して、自治体が金に屈し、ついには国家が金に屈するようになることを恐れる。

すべて、外征思想がなくなったことに起因する悲劇である。日本が貧しくなるのは他国を滅ぼしてでも豊になろうという気概もなければ、実力もなくなってしまったからである。だから、沖縄の悲劇がいくら繰り返されても、政府も自治体も「再発防止を求める」などというだけで、開戦をして攘夷という意見が出ない。そもそも、他国の軍事基地が国内にあるという狂った事態に、皆慣れてしまっている。それが、当然だと思ってしまっている。敗戦当時は致し方なかった。しかし、今や致し方ないという思いも消えて、あるのが前提のようになってしまっている。繰り返し言うが、他国の軍事基地が国内に悠然と構え、他国の兵が闊歩している事態は、狂っている上に屈辱的である。それでも、ピンとこないなら、想像して欲しい。沖縄、横須賀、岩国にある軍事基地が中国軍のものであるとしたら、と。米国だから許すのか? 余はどこの国でも許せない。敗戦前の日本ならば、雑兵一兵たりとも亜米利加軍を入れなかったはずだ。

民主主義の起点は、どこかの政党の謳い文句ではないが「自分の生活が第一」になってしまう。平時はそれで構わない。最大多数の最大幸福が実現される。しかし、乱世にあっては、暮らしを犠牲にしてでも護らねばならないものが出てくる。三本の矢の逸話を持ち出すまでもない。一億の矢にならねばならぬこともある。

国士は常に国を考える。自分の生活ではない。時々、勘違いしておられる御仁がおるので一応言っておく。政府に付き従うのが国士ではない。政府に正義がないならば、国のために政府を倒すのもいとわぬのが国士である。恰も、政権与党が如く、政府に付き従って、政府の意見を代弁して、政府の意に沿うように働く者は国士ではない。犬である。権力の犬である。


以下の朝日の記事、岩国市長選を調べていたら、権力の犬が出てきた。こういう奴のことを権力の犬というのだ。誰が権力の犬であるか見抜ければ、犬になる心配はない。

…………………………………………………………………………………………………………

 米空母艦載機移転をめぐり06年春に山口県岩国市が実施した住民投票に対する橋下徹・次期大阪府知事の発言に、憲法学者や政治学者らが首をかしげている。弁護士でもある橋下氏は、反論した前岩国市長の井原勝介氏を「憲法を勉強して」と痛烈に批判したが、「橋下さんこそ不勉強では」との指摘も出ている。

 橋下氏の発言が飛び出したのは1月31日。3日告示の岩国市長選で艦載機移転容認派が推す前自民党衆院議員の福田良彦氏を応援するビデオ撮影に応じた後、「防衛政策に自治体が異議を差し挟むべきではない」「間接代表制をとる日本の法制度上、直接民主制の住民投票の対象には制限がある」と持論を展開。井原氏が「国民が国政にものを言うのは当然」と反論すると、1日に「憲法を全く勉強していない」などと再反論した。

 橋下氏の発言に対し、小林良彰・慶大教授(政治学)は「この種の住民投票には法的拘束力がない。住民の意思の確認・表明なのだから、それを憲法が制限することはあり得ない」と指摘。「防衛は国の専権事項だが、基地問題は地元住民にとって生活問題だから、意見を言う資格がある。それは憲法が認めた言論の自由だ」と述べ、「橋下さんこそ憲法を勉強した方がいいんじゃないか」と皮肉った。

 小林節・慶大教授(憲法)は「橋下さんは憲法を紋切り型に解釈しているのではないか」と首をひねる。「地域の問題について住民の声を直接聞いて、その結果を地方自治体の意向として国に示して実現を図っていい、というのが憲法の考え方だ」と言う。

 奥平康弘・東大名誉教授(憲法)は「法的拘束力のない住民投票の是非について、わざわざ憲法を引き合いに出すこと自体が論外」と突き放した。「弁護士が『憲法』と言えば、いかにも説得力があるように聞こえるが、政治家として政治的な発言をしたまでのこと。人びとの注目を集め、目的は達成したんじゃないのかな」と冷ややかに語った。

2008年02月03日11時38分 朝日新聞より


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テーマ : 岩国市長選 - ジャンル : 政治・経済

【編集】 |  00:54 |  余の日記  | TB(0)  | CM(0) | Top↑
2008.02/13(Wed)

パソコン活用超「英語学習」 

パソコン活用超「英語学習」 パソコン活用超「英語学習」
夏野 清三郎 (2001/12)
宝島社
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久々に英語の勉強でもしようと思って図書館から借りてきた。この書評をもし一言でするならば、ずばり「情報が古い!」

パソコン活用とは、ネット活用ということだ。
発行は2001年12月。
ネットは日進月歩。
一年で情報は古くなってしまう。7年前のものだ。諸賢、想像に難くないであろう。

それでも、色々ヒントとなる考え方もあるし、使えるHPもあるにはある。ネットで英語学習という考え方、方向性を参考にするべし。それと、7年前のネット事情がわかる。こんなに進んでたっけ? と思った。

オススメ度: レベル2
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テーマ : 英語学習記録 - ジャンル : 学問・文化・芸術

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2008.02/11(Mon)

流星ワゴン 

流星ワゴン (講談社文庫) 流星ワゴン (講談社文庫)
重松 清 (2005/02)
講談社
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重松清の小説。「本の雑誌」年間ベスト1になった作品。
久しぶりに小説を読んだ。カテゴリ→小説で更新間隔を見てびっくりした。

家庭が崩壊して、死んでもいいと思っている男の前にお化けが現れる。お化けは男を過去の人生の岐路にタイムスリップさせる。決して現実は変わらなくても、男は重大な地点をやり直すことにより、人生に納得すると言うもの。しかし、現実に戻ってみると、微妙にやり直しの影響が現れていたりと、なんとも煮え切らない話。

だいたい、男が弱すぎる。今時、子供が暴れて妻が浮気してリストラにあう人間など五万といる。一昔前の平和な家庭などを夢想しても始まらないだろう。この妻も非道すぎる。テレクラで男を漁りまくる。咎められても止めない。同情の余地なし。

主人公の男があまりに弱すぎるので、強い人間として父親を対比させているんだが、この父親が一人だけ漫画チックで浮いている。

結論=疾走ほどのおもしろさ、奥深さはない。


オススメ度: レベル3
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テーマ : 小説 - ジャンル : 小説・文学

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2008.02/09(Sat)

生物と無生物のあいだ 

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書 1891) 生物と無生物のあいだ (講談社現代新書 1891)
福岡 伸一 (2007/05/18)
講談社
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前半は科学界の内情や風景が語られている。エッセイみたいなもの。ニューヨーク・マンハッタンの匂いを感じられて、読んでいて清々しい。野口英世のこと。スリリングな発見競争。専門性の知識がなくても読める。

後半は打って変わってマニアックなものとなる。学術的とまでは言わないが、素人が一読して理解し得るものではない。それでも、細胞や遺伝子の雰囲気はつかめる。

中でも、感銘を受けるのが、我々の身体の材料は常に入れ替わっているということ。今我々が目にし触っている我々の肉体は、一年もすれば全て入れ替わり、一年前の物質などは一つも残っていないというのだ。髪の毛など想像しやすいのではなかろうか。イガグリ野球部君の髪型は半年前と寸分変わらぬが、その髪の毛は半年前とは別のものなのである。これが、髪だけではなく肉体にも言えるというのである。我々の肉体はまさに苟且なのだ。

では、我々の身体の物質それ自体が仮象のものであるならば、本質は一体どこにあるのか。著者はジグソーパズルのようなものだという。細胞同士の関連性が本質だという。ジグソーパズルは隣のピースが決まれば、自動的にその隣のピースも決まる。上下左右のピースがあれば、その中に入るピースの形を作り出せる。ピースが何万とあれば、一つかけても、周りのピースから、かけたピースを特定して補充する。極端な話し、同時に全てのピースが消滅しなければ、再生は可能なのである。相補性、相補的結合というらしい。

もちろん、これはミクロの世界で行われていることだ。しかし、余はこれをもっと分かりやすい世界でも流用しているような気がする。則ち、政界もその一つではなかろうか。政党というものがある。例えば1955年にできた自民党、結党当時の人間は一人も残っておらぬが、自民党は今もある。相補性が働いているといえるのではなかろうか。相補性が強ければ、それだけ全体性は長持ちし堅牢となる。民主党などは相補性が上手く働いているといえない。故に、てんでバラバラ、事態がつかめぬ。結局、政党の本質も相補性の程度ということになるのではなかろうか。

また、それは国家、民族にもいえる。細胞から人類まで、フラクタル的である、とでも言おうか。

オススメ度: レベル3
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テーマ : ブックレビュー - ジャンル : 本・雑誌

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2008.02/07(Thu)

政治的なものの概念 

政治的なものの概念 政治的なものの概念
C.シュミット (2000)
未来社
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昔のことを思い出した。余は政治家になろうと思って、某衆議院議員事務所を訪ねた。その時、衆議に「君、政治とは何かね?」と聞かれた。政治とは何か、というのは、それこそ、芸術とは何か、という問に匹敵するくらい、色々と言われているものである。つまり、衆議は余がどういった解に傾倒しているのかを知りたかったのだろう。余はこう答えた。
「はい、政治とは敵を作ることであります」
衆議はどうも気に召さなかったようだ。「おれは対話することだと思っている」と答えられた。

はっきり言ってかなり難しい本。内容が難しい上に、おそらく訳が拍車をかけている。これが訳されたのが1970年。この付近の訳書は、格調高いかわりに難しい。どこまでが主語で、どこからが述語かわからない。外国語を訳すように、andで繋がった部分を探したりと、えらい暇がかかった。

内容は、題名の通り、政治的なものとは何か、というものを明らかにして、経済が支配する時代、国家や戦争が解体されてもなお残る、政治的なもの、を浮き彫りにしようと試みているもの。

シュミットは民主主義についても一言持っている。というより、民主主義というものを抜きにしたら、この書は陳腐きわまりないものとなる。シュミットは言う。18世紀までは社会と国家は分離していた。社会の上に国家が君臨していた。社会と国家が浸透し合うという表現を用いて、民主化を分析する。民主化された共同体に於いては、国家的なことが則ち社会的なことであり、社会的なことが取りも直さず国家的なことになる。民主的共同体に於いては、宗教、教養、経済等が中立であることをやめてしまう。こういった国家を全体国家(全体主義とは違う)と呼ぶ。つまり、全体国家に於いては、政治的なこととは国家を指すものではなくなる。

全体国家(当然、現在の日本も全体国家と呼べる)では国会や政治家が行っていることだけが、政治的なことではないという意味だ。最近で言えば、食品や道徳も、政治的な意味を持つことになる。

でも、それだと、全てが政治的になってしまい、また無意味な定義に陥ってしまう。そこで、シュミットは「友・敵」という概念を持ち出す。道徳の定義が「善・悪」、経済の定義が「利・害」であるように、政治は「友・敵」で出来ているという。政治的なもの、例えば18世紀ならば、王家と王家、の友・敵関係、全体国家のなかでは、国家と国家の友・敵関係、もしくは、内戦という形で友・敵が形成される。友・敵関係が形成されれはそれは政治的な意味を持つと言うことだ。冷戦下では東西か。いずれも、集団対集団でなければならない。個人的なことは政治的なことたり得ない。戦争を取り上げ、
「戦争とは、経済的、道徳的対立が政治的対立にまで高まり、友・敵という闘争結束を招来するものである。そこでは、もはや純経済的、純道徳的な対立はなく、政治的対立がある。問題はどこまでも友・敵結束が現実的可能性、ないしは現実性として存在するか否かであって、人間的動機は問題ではなくなる」

もちろん、友・敵関係は戦争だけではない。第二次大戦を経験した我々とすれば、経済で全ての片が付くとは考えていない。それでも、経済がもつ権力が国家間にいかに重要かは理解できる。シュミットも、そういった経済を政治的なものと呼び、戦争の代わりに、信用の停止、原料封鎖、経済制裁等を政治的な友・敵関係としてもちだす。「戦争」という言葉を用いないで、「批准・処罰・執行・平和化」と呼ぶ。「敵」という言葉を用いないで、「悪の枢軸・独裁者・テロリスト」と呼ぶのは欺瞞であり、新たな「友」の形成の仕方に過ぎない。我々は日本政府やブッシュが、フセインや金正日を独裁者とかテロリストと呼ぶのを欺瞞と見抜いているが、シュミットはこの時点から問題視していたのだ。いつの時代も政治的にあるものは友・敵だ。

北朝鮮は我々から見て悪である。しかし、ただ、悪い悪いと叫んでいるだけは問題は解決しない。いかに、国内的に、国際的に友・敵関係を構築し、最終的に勝利するかを考える必要がある。

シュミット曰く。
「この『友・敵』区別をなしえず、ないしはなしたがらないことが、政治的終末の徴候として現れる。ロシアにおいては、没落していく諸階級が、革命のまえに、ロシア農民を、善良、勇敢かつキリスト教的な帝政農民であると美化した。フランス革命の前には、フランス貴族社会が「天性善なる人間」を夢想し、感動なまでに有徳な民衆を夢想した。すなわち、特権者達は革命の匂いさえかぎつけていなかった。1793年が、もう足下に来ていたというのに、民衆の善良さ、純朴さを口にしていたさまは、見るも奇妙である」

この書は戦前に記された。が、敗戦後の日本国民に向けたような言葉が載っている。

「無防備な国民には友しか存在しない、と考えるのは、馬鹿げたことであろうし、無抵抗ということによって、敵が心を動かされるかも知れないと考えるのは、ずさんきわまる胸算用であろう。人々が、あらゆる美的ないし経済的な生産性を断念することによって、世界を、たとえば純道徳性の状態に移行させうるなどということは、誰一人可能だとは思うまい。しかし、はるかにそれ以上に、一国民が、あらゆる政治的決定を放棄することによって、人類の純道徳的ないし純経済的な状態を招来することなどはありえないのである。一国民が、政治的なものの領域に踏みとどまる力ないしは意志を失うことによって、政治的なものが、この世から消え失せるわけではない。ただ、いくじのない一国民が消え失せるだけに過ぎないのである」


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2008.02/05(Tue)

Bacchus T-MASTER 

バッカス・Tマスター

上、2008年モデル
下、それ以前のモデル。
ブリッジのサドルに注目してもらいたい。
余が試奏したのは、それ以前モデル。
例によって、写真は余が試奏した個体ではない。

2008.jpg


2007.jpg


店員べた褒め、超お勧め楽器だった。値段のくせにサイドスキャロップとか、芸が細かい。バッカスはオールハンドメイドだからか知らんが作りがいい。持って眺めたときに、値段以上の何かを感じる。弾いたときも値段以上の何かを感じる。だって、11万くらいだったかな? 

フロントピックアップのP90は少々味気ない。テレはやっぱり、テレのピックアップに限る。(T-STANDARDというテレらしいPUが付いた製品もある)あの銀の光が良い。音は至って素直。最初の一本なら文句なくお勧め。作りがよくて弾きやすい。もし、余がクルーズを所有していなかったら買っていた。クルーズの方が良いというのではなく、キャラクターがくりそつだから。めっちゃ素直な楽器。

もちろん、全て気に入ったわけではない。まず、テレのくせにコンターが付いているのが気に入らない。テレは「板」でなければ行けない。つや消しブラックも気に入らない。ブリッジも気に入らなかった。テレのブリッジではないからだ。moonのレゲエマスターにもいえることだ。

余はまだ弾いていないが、2008年モデルからブリッジは改良された。多分、ブーイングを喰らったんだと思う。コンターもどうにかならんかなぁ?

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《参考・関連図書》

ムック ジャパンヴィンテージ vol.8 特集:国産テレキャスター系モデル/フレ (シンコー・ミュージックMOOK)ムック ジャパンヴィンテージ vol.8 特集:国産テレキャスター系モデル/フレ (シンコー・ミュージックMOOK)
(2006/06/01)
長瀬 啓

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前略、テレキャスター様―エレクトリック・ソリッド・ボディ・ギターの原点、テレキャスターに感謝を込めて前略、テレキャスター様―エレクトリック・ソリッド・ボディ・ギターの原点、テレキャスターに感謝を込めて
(2003/01/07)
ヴィンテージギター編集部

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Fender Guitars vol.1 (1) 丸ごと一冊テレキャスターFender Guitars vol.1 (1) 丸ごと一冊テレキャスター
(2000/10)
不明

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ギター・マガジン 2008年 1月号 [雑誌](小冊子付き)ギター・マガジン 2008年 1月号 [雑誌](小冊子付き)
(2007/12/13)
ギター・マガジン編集部

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2008.02/04(Mon)

税金のことがわかる基礎の基礎講座 

税金のことがわかる基礎の基礎講座 税金のことがわかる基礎の基礎講座
塩沢 修平、マネー経済プロジェクトチーム 他 (2001/11)
講談社
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税金関係の書物を色々当たってみたが、これより分かりやすい書はないだろう。おそらく、中高生でも分かるように配慮がなされている。その分情報も少なくなっているものの、基礎部分を理解しやすくするのに寄与していると思われる。数多の税金本のように、最初から数値を羅列されると萎える。可愛いイラスト、ほとんどの漢字にフリガナが振ってある。

猫さんとペンギンさんのダイアローグで税金についての解説がなされている。ちなみに、猫が聞き役で、ペンギンが解説役。

大きく三章に別れており、第一章が税金の歴史、日本や海外の税制。第二章が税金の理念。第三章がニュースを理解するための基礎講座。

分かりやすく書こうと心がけたせいか、些か強引な解説もいくつかある。例えば、税金をなぜ納めるのかの説明に於いて、
「納税の義務と憲法に規定されている。憲法は国民が必ず守らなければいけないもの」
とある。これは明らかに誤りだ。憲法は統治権力を律するものであり、個人を律するものではない。つまり、個人はどれだけあがいてみても、憲法を犯すことは出来ないのである。

再分配の考え方にも問題がある。本書では、所得の低いものは受益未満の負担、所得の多いものが受益以上の負担を強制させられているように書かれている。累進課税が所得の高いものにとっては不利であり、仕方なく支払っているように書かれている。が、一歩進んで考えれば、必ずしも受益以上の負担をしているとは言い難いのである。所得が高い所謂資本階級の人間は、日本の国土と国民を使用して経営を行っているのだ。日本の労働力を使用すると言うことは、労働者が受けた義務教育、日本経済の安定、その他、労働者では享受出来ない様々なメリットを享受しているのである。道路や図書館だけが公共財ではない。歴史、文化、国粋、多くのものが公共財といえるのである。

それと、節税の説明は非道いの一言に尽きる。
「節税するのは面倒臭いから、手間を考慮してするべきか考えた方がよい」
国家は税収を上げたければ、還付等の手続きをより複雑にすれば良いというのか? より手間がかかるようにすれば、節税をする奴が減ると? こんな滅茶苦茶な話があるか。盗人猛々しいとはこのことである。税を確信犯で多く取る国家など言語道断である。ひょっとして、学校で税について詳しく教えないのは、節税されると困るからかしらん。著者は内閣府国際経済担当参事官も務めている。複雑怪奇な税制なら、分かりやすく直すのが筋であろう。

とにかく、分かりやすい書。これを読んでから、少し複雑なものを読むのも良い。不満はあれど、お勧めには違いない。

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2008.02/03(Sun)

超入門 自治体財政はこうなっている 

超入門 自治体財政はこうなっている 超入門 自治体財政はこうなっている
肥沼 位昌 (2002/12)
学陽書房
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超入門と銘打ってある。中身は結構難しい。少なくとも、超入門ではない。入門でもなかろう。そもそも、自治体職員とか、そういう専門職のために書かれた本だと言っても良いかもしれない。証拠、一問一答形式なのであるが、自治体職員から出ている質問が多い。例えば、「施策別の行政コストはどのように把握するの?」とか「計画と予算の短期の調整とは?」とか「事務区分と財源の関係はどうなっているの?」等々である。超入門者がこんな質問するかぁ?

説明もまた小難しい。もし、余がこの本に題名をつけるとするならば、「中~上級・自治体財政はこうなっている」かな。

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2008.02/01(Fri)

マインドマップ読書術―自分ブランドを高め、人生の可能性を広げるノウハウ 

マインドマップ読書術―自分ブランドを高め、人生の可能性を広げるノウハウ マインドマップ読書術―自分ブランドを高め、人生の可能性を広げるノウハウ
松山 真之助 (2005/01)
ダイヤモンド社
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余が最近はまっているマインドマップを用いて読書メモをとるという本。色々事例が載っている。

全然トニー・ブサンのマインドマップには及ばない。ここに載っているマインドマップはブサンが「マインドマップと似て非なるもの」と銘打った代物にすぎない。マインドマップのヒントくらいにはなる。読むなら、是非本物も読んでおきたい。

著者は元々書評をやっている人なので、マインドマップ書評を用いて本の紹介がいくつかなされている。中には面白そうなものもある。

マインドマップ関連の補助的なものとして読んでみるのも良いかもしれない。

本物↓
ザ・マインドマップ

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