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2007.08/25(Sat)

小室直樹の資本主義原論 

小室直樹の資本主義原論 小室直樹の資本主義原論
小室 直樹 (1997/02)
東洋経済新報社
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資本主義原論
我々は日本を資本主義の国だと思っている。民主主義原論と同じく、日本には資本主義がない、というのが本書の主張である。ではどこが資本主義ではないのか。そもそも、資本主義とはなんであるのか。

資本主義でもっとも大切なものは「所有」の観念である。しかし、日本やアジア諸国では、この所有の概念が資本主義的所有とは別物である。

資本主義的所有とは、所有の絶対である。所有者には所有物をいかようにも出来る絶対の権利がある。所有の概念は抽象的で、犯すべからざるものである。だが、日本的所有はこうではない。貞永式目の精神に則っているという。貞永式目第八条「所領を二十年以上継続して知行している場合は『理非を論ぜず』その知行権を認める」というものである。すなわち、所有の概念は抽象的ではない。実行支配、現実支配するものが「その理非を論ぜず」所有者であるという考え方。

小室博士は日本人の公共物、公費に対する考え方がまさにそうだという。これが記された頃はまだ明らかになっていなかったが、社会保険庁の使い込みなどは格好の例であろう。公費、保険料は誰の所有か? 収めた国民の所有である。では、収められた保険料を支配しているのは誰か? 社会保険庁職員である。支配しているのだから自分たちの所有だ、好きにしてよい。こういった考えが生まれる。他にも公費の使い込みの例などいくらでもある。大事にならなくても、会社の金だからと無駄遣いする人間は多いのではないか? 公共物=ただ。使わなきゃ損、こう考える人間は多いのではないか? 公物は無主物。今支配しているものが自由に処分して良い。多くの日本人がこう思っている。資本主義的所有の観念から大きく外れている。

利潤はどこから生まれてくるのかでも、資本主義と前期的資本とでは違う。前期的資本での利潤の出し方は非常に博打的だ。しかし、資本主義は博打ではない。経済活動によって余剰価値、則ち利潤を生み出す。マルクスはこの余剰価値を「搾取(exploitation)」と呼んだ。しかし、否定的な意味で用いられたわけではない。否定的な意味にしたのは後年のマルキストたちである。

資本主義で重視されるのは市場である。市場には法則がある。日本の資本主義が資本主義でない理由に市場の法則を官僚が強力に歪めているという事実がある。では、どうしてそのようになったのか? 博士は1940年体制が問題だという。戦前日本は今より遙かに市場に忠実で、その意味では今よりも資本主義に近かった。しかし、戦争が始まり、統制経済になった。飛行機が欲しいのに風呂釜ばっかり作られては困るからだ。そして、官僚が経済をいじくって市場の法則を曲げ始めた。それが1940年体制。その体制が今日まで続いているというのが博士の分析である。住専に対する公的資金投入などに顕れている。市場の役目は倒産と失業を繰り返し、資本主義的でないものを淘汰するのが本義。日本は全く資本主義になりきれていない。

他にも色々と宗教的な理由や何やらで、如何に日本が資本主義でないかを詳説している。

プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神
民主主義原論 
日本人のための憲法原論

を合わせて読むと一層理解が深まる。

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