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2007.10/06(Sat)

三位一体改革 ここが問題だ 

三位一体改革 ここが問題だ 三位一体改革 ここが問題だ
土居 丈朗 (2004/11)
東洋経済新報社
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三位一体の改革とは国庫補助負担金の見直し、税源移譲、地方交付税の見直し。現状がどうかは、wikiを見てもらった方が早い。

本書は、集落移転などのデンジャーな案も盛り込まれて面白い。山間地等で集落が散在していると行政効率が悪いから、中心地に団地を建設して住民を移してしまえ、という。合理主義もここまで徹底するとファシズム。

以下は余の感想。
著者は地方自治に重きを置いているようだが、そもそも、この狭い日本で地方分権を推し進める理由などあるのであろうか?

なんでもかんでも、東京のレベルに合わせようとするから、不満感が募るのではなかろうか。明治期の日本では、自分の郷こそ自分の国、東京は別の国、そういった感が強かったのではなろうか。だからこそ、地域格差があっても不満感は募らず、また、その地域独自の特色を強く残していたので、お国自慢のような誇りも存在したのではあるまいか。

移動が容易になり、情報が氾濫する中、本来、情報とは空間的な距離に比例して、自分と近ければ濃く、遠くなるに従い薄いもののはずである。しかし、情報化社会でその原則が崩れ、もはや情報の濃淡は空間的な距離に比例しなくなった。そのような中で地方分権を騒いでみても、情報化の中に住んでいる新しいタイプの住人は白けるだけである。情報化が普遍化したとき、本当に望まれるのは国のどこにいようとも同質のサービスが受けられる完全な平等である。本書では、そういった完全平等は「自治体の自助努力がなくなる。地元経済を活性化しても他所に持って行かれてしまうので地元の発展がなくなる」といって否定する。本書のみならず、これは自治体完全平等論に対するアンチテーゼである。

だが、このアンチテーゼは少し共産主義的である。諸賢はなぜに平等を否定し、競争を唱えておるのに共産主義的なるや、と不可解に思われるかもしれない。それは、このアンチテーゼが地方自治体を前提に語られているからである。本当の分権、本当の自治、すなわち、「個人自治」を思ったとき、何よりも前提基礎となるのは、個人に与えられた平等でなければならない。個人個人のスタートでの平等である。個人に与えられるべき平等が、地方自治体それぞれによって阻害されているとするならば、地元やお郷に対する誇りも、距離的な意味での相互扶助も失われた現在、地方自治体に存在意義はない。だとすると、地方自治問題自体を論じることが無意味になる。

雲をつかむような話に聞こえるかもしれないが、まんざらそうじゃない。この減り方をご覧あれ。
1995年4月 3,234 市町村
2003年4月 3,190 市町村
2005年4月 2,395 市町村
2006年4月 1,820 市町村
平成20年3月21日には、1,795市町村になる予定。総務省は合併を検討していない市町村にその理由を聞く質問書を送っている。合併がこれだけ進んだのは、総務省が地方いじめを行い、救済措置として合併特例を用いたからだ。いじめられたくなかったら合併しろと脅しているのである。
さらには安倍前首相なども乗り気だった道州制。道州制も9から13の州にわける案があるが、これも合併すれば結局一つになってしまう。インドで一番人口が多い州(ウッタル・プラデーシュ州)は1億6000万人である(面積は238,566 km²)。日本人全部合わせても、インドの一つの州に及ばないのである。ちなみに、日本の面積は377,835km²


オススメ度: レベル3
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テーマ : 地方自治 - ジャンル : 政治・経済

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2007/10/06(土) 20:06:23 | 暮らしの情報
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