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2008.02/09(Sat)

生物と無生物のあいだ 

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書 1891) 生物と無生物のあいだ (講談社現代新書 1891)
福岡 伸一 (2007/05/18)
講談社
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前半は科学界の内情や風景が語られている。エッセイみたいなもの。ニューヨーク・マンハッタンの匂いを感じられて、読んでいて清々しい。野口英世のこと。スリリングな発見競争。専門性の知識がなくても読める。

後半は打って変わってマニアックなものとなる。学術的とまでは言わないが、素人が一読して理解し得るものではない。それでも、細胞や遺伝子の雰囲気はつかめる。

中でも、感銘を受けるのが、我々の身体の材料は常に入れ替わっているということ。今我々が目にし触っている我々の肉体は、一年もすれば全て入れ替わり、一年前の物質などは一つも残っていないというのだ。髪の毛など想像しやすいのではなかろうか。イガグリ野球部君の髪型は半年前と寸分変わらぬが、その髪の毛は半年前とは別のものなのである。これが、髪だけではなく肉体にも言えるというのである。我々の肉体はまさに苟且なのだ。

では、我々の身体の物質それ自体が仮象のものであるならば、本質は一体どこにあるのか。著者はジグソーパズルのようなものだという。細胞同士の関連性が本質だという。ジグソーパズルは隣のピースが決まれば、自動的にその隣のピースも決まる。上下左右のピースがあれば、その中に入るピースの形を作り出せる。ピースが何万とあれば、一つかけても、周りのピースから、かけたピースを特定して補充する。極端な話し、同時に全てのピースが消滅しなければ、再生は可能なのである。相補性、相補的結合というらしい。

もちろん、これはミクロの世界で行われていることだ。しかし、余はこれをもっと分かりやすい世界でも流用しているような気がする。則ち、政界もその一つではなかろうか。政党というものがある。例えば1955年にできた自民党、結党当時の人間は一人も残っておらぬが、自民党は今もある。相補性が働いているといえるのではなかろうか。相補性が強ければ、それだけ全体性は長持ちし堅牢となる。民主党などは相補性が上手く働いているといえない。故に、てんでバラバラ、事態がつかめぬ。結局、政党の本質も相補性の程度ということになるのではなかろうか。

また、それは国家、民族にもいえる。細胞から人類まで、フラクタル的である、とでも言おうか。

オススメ度: レベル3
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テーマ : ブックレビュー - ジャンル : 本・雑誌

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