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2008.06/04(Wed)

自殺の思想 

自殺の思想自殺の思想
(2005/07/26)
朝倉 喬司

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題名通りの書。先日紹介した自殺対策ハンドブックでは、過剰死亡(本来自殺する必要がないと思われるのに、自殺してしまう死亡)をいかに減らすか、を論じていた。本書は、過剰死亡ではなく、死するべくして死んだもの達の思想が縷々述べられている。また、岡田有希子現象など、ある人物の自殺がどのような社会背景を象徴しているのか、人びとの考えにどのような影響を与えるのか、などを分析している。

なぜ、自殺がかくも異常なことのように論じられるのか。生の権力が介在しているという。もともと、フーコーの思想だ。以前の権力は生殺与奪の権力だった。しかし、国民国家、国家総力戦のような状況に地球がなってくると、国家は国民を管理して、有効に使用しなくてはいけなくなる。日本で厚生省が出来たのは省は昭和13年。まさに、全面戦争に突入する時である。

ではここで、生の権力を持つものは誰か、という話になるが、昔の王様のような権力者は現代にはいない。一体、我々は誰に支配されているのか? それは、一人一人の振るまいが、権力を創り出している、とフーコーは考える。

ここに、時代の新たな変遷を読み解くことは可能では無かろうか? 余は可能だと思う。以下は余の考え。

現在、自殺は悪だと思われている。しかし、なぜ悪であるかの明確な根拠はなく、法で以て規制されているわけでもない。日本人はキリスト教徒でもない。ただ、人びとの振る舞ってきた暗黙の了解が、自殺を悪としているのである。それは、国民国家的な協力関係を必要としてきた時代だったからこそ、有効であったとするならば、現在のグローバル化、国家国籍を離れた場所に於いて、つまり、同一性、ナショナリズム、社会的連帯感が切り離されたところで、誰が、誰の死を咎めるというのだ? また、誰が誰の死を悲しむ? 近い友人の中に、その感情は起こりえるが、世論としてのうねりは、過去の残滓に過ぎず、いずれは限りなく減少するであろう。

完全自殺マニュアル

オススメ度: レベル3.5
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