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2008.06/27(Fri)

教師をめざす人間 

先日紹介した公教育の未来のなかで、余はこう書いた。

「藤原氏は、『教師をめざす人間はバカだけれども、真面目で情熱家である』と言っているが、少なくとも、余が知っている範囲で教師になりたがっている人間は純粋なルサンチマンを抱いているようなやつばっかりだった」

余がどのようなことを言いたいのかというと、以下のようなことなのである。これはあくまで余が感じたことである。実際に、聖人君子のような教師がいるかいないかは別として。以下の作文は、余が数年前に教員採用試験を受けた時の日記である。


 先日、教員採用試験なるものを受けて参りました。国公立学校の教師になるにはこれに合格せねばなりません。これに合格せずとも、講師として教えることは可能なのです。しかし、講師は正式な教員ではないので給料も安いのです。公務員削減が叫ばれている中、教師なんぞは全部講師にしてしまえばいい、と思うのはわたしだけでしょうか? 教師になろうと思って熱意を燃やしている人間ほど、客観的に見て教師に向かなさそうな人間が多いです。なぜなら、人にものを教えることを前提に学問するというのは、学問に対する冒涜ではないでしょうか。教えるために学ぶ。それは、真理の追究を放棄した、まさに異端と言わざるを得ません。どんなに人品卑しからざる人間でも、その人間が教師になりたいと熱く語っているのを見てしまうと、わたしは彼の後ろ側から俄にわき出る支配欲とでもいうのでしょうか、そういった、露骨なほどに優越感を希求してやまぬ無意識の影が、わたしの心に一抹の不安を起こさずにはおかないのです。


ちなみに、今もこの考えは変わっておらん。

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テーマ : 教員免許 - ジャンル : 学校・教育

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