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2010.04/29(Thu)

一射絶命―禅、弓道、そして日々の行 

一射絶命―禅、弓道、そして日々の行一射絶命―禅、弓道、そして日々の行
(1997/02)
ケネス クシュナー細川 道彦

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前述のオイゲンヘイゲルの書に感化された外国人が、ハワイの禅道場で修行した記録。ハワイの禅道場は我々日本人にとって特にゆかりがないものだろう。禅寺なら本土にあるのでわざわざ他国で修行しないのではないか。その点でも、本書は貴重と言える。

表題の一射絶命とは、一期一会みたいなもので、その一射は最初で最後のものであるから、命をかけて放つべき、のような意味。

禅で言う「無」と弓の「離れ」は似ている。弓は離す瞬間が難しい。この離れの説明において、「ちょうど夕日を眺めながら自分自身にそれがどんなに美しいかを説明する必要がないように、いつどのように離すべきかを意識せずに矢を射ることが出来る」とある。

また、著者は精神分析の専門家でもあるのだが、禅の老師が一言半句の言葉やちょっとした動作で人を導くことについてこう語っている。「ささやかな言行が人に対して甚大な影響を与えることが出来るのは、その言行が人々のもっとも受け入れ態勢の整っていた点を正確に突くからである」と。巨大な岩を老師が動かしているのを見て、石には動きたい方向があり、それに順えば難なく動かせるという実例を紹介している。

著者が老師に弓道の感想を聞かれ、「難しいものですね」というと、老師は「そうですね。的は動きませんから」と答えたという。つまり、放った矢が外れた場合、それは全て自分の責任以外の何物でもないということになる。的は自分自身の中にあることになる。著者は残心の心得で、「的を外して自分のせいに出来たとしても、生活上の問題を他人のせいにしているようでは真の弓道家とはいえない。そのような心構えで生きるものは、真の的は28メートル先にある紙の的ではないということを知っている」と喝破する。

禅的精神はもはや一般的日本人はほとんど持ち合わせていないと思う。少なくとも、外国人が日本人に対して抱いている期待ほど日本人は禅的生活を行っていないし、その精神も持ち合わせていない、また、理解していない。前記のヘイゲルの書もそうであるが、外国人が考える理想の日本は、我々日本人にとっても十分すぎるほど魅力的である。

オススメ度: レベル4
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《参考・関連図書》

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