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2014.07/01(Tue)

現代語古事記: 神々の物語 

現代語古事記: 神々の物語 (学研M文庫)現代語古事記: 神々の物語 (学研M文庫)
(2013/07/09)
竹田 恒泰

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国粋的な思想を語っているくせに、なんと今まで古事記すら読んだことがないという。我ながら反省。ギリシャ神話や聖書は読んでいるくせに。

では、なぜ今更ながらに古事記を読もうと思ったかというと、三島の日本文学小史の古事記の項に、戦前日本は教育勅語でスタティックな徳目を要求し、一方古事記では教育勅語とはまるで正反対のことを神々がやっている。三島はそれを、さらに高い目があり神々のデモーニッシュな力を国家は望み要請していた、という。

確かに読んでみると神々や天皇はそれはそれはデモーニッシュなことをしている。今の無菌状態社会、安心安全を信奉して自転車の二人乗りすら許さない社会とはまるで違う。自由というか規範が一切存在しない。恐ろしい反面あこがれすら感じる無秩序。日本がこの力を封じたのは実に愚かしきことである。

冒頭で訳者は歴史学者のトインビーの言葉を紹介している。
「12、13歳くらいまでに民族の神話を学ばなかった民族は、例外なく滅んでいる」
日本は戦後古事記を教えることはなかった。その結果、まさに大和民族と呼べるよな日本国民共通の感覚はますます失われ、すべては経済的価値でのみはかられ、国民は子々孫々のことなど考えもしなくなってしまった。

民族の成り立ちを日本国民として共有するところから始める必要がある。そして、お上品な上辺っつらの安心安全などではなく、デモーニッシュな力を人民は取り戻すべきである。

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