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2014.07/09(Wed)

日本の「安心」はなぜ、消えたのか―社会心理学から見た現代日本の問題点 

日本の「安心」はなぜ、消えたのか―社会心理学から見た現代日本の問題点日本の「安心」はなぜ、消えたのか―社会心理学から見た現代日本の問題点
(2008/02)
山岸 俊男

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久しぶりに読んだきわめて興味深い本。今はやりの安全安心ではなく、根本から社会が人間にもたらす安心を分析したもの。文化人類学視点から出発し、社会と人間の習性を分析し、東アジア社会と欧米社会を対比して「日本の安心はなぜ消えたか」を詳解する。

まず、日本人は本当に集団主義者か、日本人は契約書などを交わさないで他人を信頼するが、本当に他人を信頼しているか、という問いから始まる。

いろいろな心理実験の結果、日本人は欧米人よりも個人主義であるし他人を信頼しないしないという結果が出た。この辺の心理実験の結果は本書を参考にされたし。

では、なぜ、他人を信頼しない個人主義者である日本人が、集団主義的であり、契約書を交わさないか。答えは、日本の社会が閉鎖社会であるから、である。村のような閉鎖社会を想像して欲しい。その中で村人は悪さができない。悪い噂が広まるだけで死活問題である。よって、心のレベルはさておき、振る舞いのレベルでは村人に信頼されるように振る舞う。

人間には「認識の基本的エラー」という習性がある。いい人そうに振る舞っている人間を見ると、人間はその人間を「いい人」と認識してしまう。キャバクラの女に惚れるのもその原理だ。向こうは商売でやっているのに、認識の基本的エラーが商売でやっているという認識を曇らせてしまう。

では、この村人がひとたび村から出たらどうなるか。もう自分の安心を保証する村はないのである。疑心暗鬼に陥り、他人を信頼しない、個人主義的な思想になる。これが現在の日本の姿だという。今の日本は閉鎖社会から解放社会への転換期にあるゆえ、不安が人心を支配しているのである。
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